倉野智子 ― 2007年04月04日 11時59分01秒
智子はしかめっ面をしてダイニングテーブルの上に左手で頬杖をつきながらパソコンに向かっていた。マウスを使わずパッドだけでするすると器用に画面を操るその右手には、年齢に比べると少し多目の皺が風紋のように刻まれていた。
いつものショップでアクセサリーと化粧水を注文すると、智子は安心したように微笑んでパタンとノートパソコンを閉じた。
夫はもちろん仕事に出かけている。智子のパートも今日は休みだ。
智子は一人でいる時、この道を塞ぐように無遠慮に横たわった時間の重みに押し潰されそうな気がしていつも胸が苦しくなった。
夫は居ればいたで、自分はどうしようもなくだらしがないくせに家事にまでいちいちうるさく口を出してくる。僅かな給料で天下を取ったような顔をして夕食の皿をつつきテレビを観て品なく笑う。うんざりだ。
そんな智子にも至福といえる時間はある。テレビやネットショップの通販で品物を吟味し、注文して届くまでの間は夢のような時間を過ごすことができた。自分の注文が受け付けられ、処理されて実際に品物が玄関まで届くのを待っている時間こそが智子の‘存在理由’だった。少なくともその間は智子の注文によって世の中の一部分が機能し、まさに智子を目指して収束しようとしているのだ。世界は智子によって動き、智子を必要としている。そう感じられる時間の間、智子の体はふわりと浮き上がり、その眼差しは世界に君臨するのだ。
しかし玄関のチャイムが鳴って注文した品物が届いた途端、その夢はみるみるしぼんで色を失い、智子は再び一人になり、世界は智子の存在をすっかり忘れてしまったかのようにまた動き始めるのだった。
智子は更に深い孤独に落ち、ますます強い力で這い上がらなければならなかった。智子はすぐに次の注文をするためにテレビのスイッチを入れ、パソコンを開いた。
やがて届いた品物が家の中に溢れかえるようになり、夫も帰ってこなくなってから数ヶ月が経ったある日、智子はパソコンの前で買った物に埋もれるように突っ伏したまま死んでいた。
画面には一通のメールが表示されていた。
『この度はご葬儀のご注文ありがとうございます。倉野様の買い物ポイントを全て充当させていただくということで追加の費用は一切発生いたしません。なお実際にご葬儀をとり行う時期に関しましては、私どもへの倉野様のご注文が一週間途絶えました段階をもちまして手配のほうさせていただきます。毎度ご利用ありがとうございました――』
いつものショップでアクセサリーと化粧水を注文すると、智子は安心したように微笑んでパタンとノートパソコンを閉じた。
夫はもちろん仕事に出かけている。智子のパートも今日は休みだ。
智子は一人でいる時、この道を塞ぐように無遠慮に横たわった時間の重みに押し潰されそうな気がしていつも胸が苦しくなった。
夫は居ればいたで、自分はどうしようもなくだらしがないくせに家事にまでいちいちうるさく口を出してくる。僅かな給料で天下を取ったような顔をして夕食の皿をつつきテレビを観て品なく笑う。うんざりだ。
そんな智子にも至福といえる時間はある。テレビやネットショップの通販で品物を吟味し、注文して届くまでの間は夢のような時間を過ごすことができた。自分の注文が受け付けられ、処理されて実際に品物が玄関まで届くのを待っている時間こそが智子の‘存在理由’だった。少なくともその間は智子の注文によって世の中の一部分が機能し、まさに智子を目指して収束しようとしているのだ。世界は智子によって動き、智子を必要としている。そう感じられる時間の間、智子の体はふわりと浮き上がり、その眼差しは世界に君臨するのだ。
しかし玄関のチャイムが鳴って注文した品物が届いた途端、その夢はみるみるしぼんで色を失い、智子は再び一人になり、世界は智子の存在をすっかり忘れてしまったかのようにまた動き始めるのだった。
智子は更に深い孤独に落ち、ますます強い力で這い上がらなければならなかった。智子はすぐに次の注文をするためにテレビのスイッチを入れ、パソコンを開いた。
やがて届いた品物が家の中に溢れかえるようになり、夫も帰ってこなくなってから数ヶ月が経ったある日、智子はパソコンの前で買った物に埋もれるように突っ伏したまま死んでいた。
画面には一通のメールが表示されていた。
『この度はご葬儀のご注文ありがとうございます。倉野様の買い物ポイントを全て充当させていただくということで追加の費用は一切発生いたしません。なお実際にご葬儀をとり行う時期に関しましては、私どもへの倉野様のご注文が一週間途絶えました段階をもちまして手配のほうさせていただきます。毎度ご利用ありがとうございました――』

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