坂 ― 2009年05月15日 16時27分23秒
僕の部屋には高くて白い壁とユリの花、細長い床と天井に挟まれて大きな窓があった。窓の向こうには坂道が斜めに走り、三角形の陽の光が部屋の中にぎこちなく投影されていた。
僕はいつも床に腰を下ろし坂道を見上げていた。最初は転がり落ちる野球のボールやもの凄い勢いで走り降りる自動車とか犬を連れて駆け上がる人といった、ごく普通のものがごく普通に坂道を上ったり降りたりしているだけだった。
僕が幼稚園に通うようになった頃からだろうか、だんだんと坂道の様子が変わってきた。ある時は帰り道の駄菓子屋で見つけたくじ付きの飴で当たるプラスチックの拳銃がころころと転がり落ちていったり、僕が遊んでいたおもちゃを横取りしたケンジ君がもんどり打って大声で何か叫びながら転がっていったり、いつも柔らかな胸を押しつけて僕を抱きしめるヨシコ先生がケラケラと笑いながら落ちていったり、要するにどうやら僕の意識に強く浮かんだものが次々と坂道を転がっていくということのようだ。もちろんなんでそんなことになるのかなんてわからない。ただ僕が何かを思う、そうするとそれが坂道を転がり落ちていく、ということだ。
それから僕が小学校、中学校と進むに連れて、本当に様々なものがいろいろな格好で転がり落ちていった。ただ一度転がり落ちたものは二度と転がることはなかったし、坂を上ってくるということもなかった。
欲しかった自転車、飼いたかった犬、ダサイ形のランドセル、やさしいおばあちゃん、嫌いな先生、イヤミな友達、好きなアイドル、真夏の雨、ありとあらゆるものが時には想像もできないような格好で落ちていった。この頃になると僕は意識の持ち方で何がどういうふうに坂道を転がるのかある程度コントロールできるようになっていたが、その結果としてそれが誰に対してどういう作用をするのかということはまだよくわからなかった。
ある日、僕は両親に生まれて初めてといっていいくらいひどく叱られた。今では理由はよく思い出せないが、とにかくそのことで僕は両親をとても恨んだ。すると翌日、両親は坂道を全身火だるまになりながら鬼のような形相で叫び声を上げながら転がっていった。僕は震えが止まらない自分の体を抱きしめながら、様子を見る限りもうこの家には帰って来られないかもしれない両親のことを想い、今度は涙があふれ出して止まらなくなった。ごめんなさい、ごめんなさい、と心で何度も繰り返し両親に詫びた。そして両親にそんなことをしてしまった自分を呪った。すると次の瞬間、僕の部屋はズズズズと音を立て坂道に沿って斜めに滑り出したのだ。窓には延々と続く坂道が写っていたが、その空は次第に暗くなっていった。スピードはどんどん加速しついにはぐるぐると回転を始めた。僕は回転する部屋の中で転がりながら行き着く先のことを考えた。果たして僕はそこで今まで坂道を転がっていったものたちに再会できるんだろうか、それともただ闇が拡がっているだけか。
僕はいつも床に腰を下ろし坂道を見上げていた。最初は転がり落ちる野球のボールやもの凄い勢いで走り降りる自動車とか犬を連れて駆け上がる人といった、ごく普通のものがごく普通に坂道を上ったり降りたりしているだけだった。
僕が幼稚園に通うようになった頃からだろうか、だんだんと坂道の様子が変わってきた。ある時は帰り道の駄菓子屋で見つけたくじ付きの飴で当たるプラスチックの拳銃がころころと転がり落ちていったり、僕が遊んでいたおもちゃを横取りしたケンジ君がもんどり打って大声で何か叫びながら転がっていったり、いつも柔らかな胸を押しつけて僕を抱きしめるヨシコ先生がケラケラと笑いながら落ちていったり、要するにどうやら僕の意識に強く浮かんだものが次々と坂道を転がっていくということのようだ。もちろんなんでそんなことになるのかなんてわからない。ただ僕が何かを思う、そうするとそれが坂道を転がり落ちていく、ということだ。
それから僕が小学校、中学校と進むに連れて、本当に様々なものがいろいろな格好で転がり落ちていった。ただ一度転がり落ちたものは二度と転がることはなかったし、坂を上ってくるということもなかった。
欲しかった自転車、飼いたかった犬、ダサイ形のランドセル、やさしいおばあちゃん、嫌いな先生、イヤミな友達、好きなアイドル、真夏の雨、ありとあらゆるものが時には想像もできないような格好で落ちていった。この頃になると僕は意識の持ち方で何がどういうふうに坂道を転がるのかある程度コントロールできるようになっていたが、その結果としてそれが誰に対してどういう作用をするのかということはまだよくわからなかった。
ある日、僕は両親に生まれて初めてといっていいくらいひどく叱られた。今では理由はよく思い出せないが、とにかくそのことで僕は両親をとても恨んだ。すると翌日、両親は坂道を全身火だるまになりながら鬼のような形相で叫び声を上げながら転がっていった。僕は震えが止まらない自分の体を抱きしめながら、様子を見る限りもうこの家には帰って来られないかもしれない両親のことを想い、今度は涙があふれ出して止まらなくなった。ごめんなさい、ごめんなさい、と心で何度も繰り返し両親に詫びた。そして両親にそんなことをしてしまった自分を呪った。すると次の瞬間、僕の部屋はズズズズと音を立て坂道に沿って斜めに滑り出したのだ。窓には延々と続く坂道が写っていたが、その空は次第に暗くなっていった。スピードはどんどん加速しついにはぐるぐると回転を始めた。僕は回転する部屋の中で転がりながら行き着く先のことを考えた。果たして僕はそこで今まで坂道を転がっていったものたちに再会できるんだろうか、それともただ闇が拡がっているだけか。
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