Eclipse-22006年06月25日 18時49分43秒

 ある夫婦がいた。彼らは結婚五年目で、同棲も含めるともう十二年になる。二人とも田舎の出身だが、学生の頃から都会に暮らし、今では時折かかってくる親からの電話をあしらう時以外、田舎を思い出すこともなかった。
 都会は彼らを十年以上もの間、物欲で支配し、虚飾にまみれさせ、取り繕うことに奔走させた。得体の知れない焦燥感や徒労感に苛まれ続けた二人は結婚してからは一度も性交渉もなく、既に見栄っ張りな浪費家となっていた彼らは早晩経済的に立ち行かなくなるのも目に見えていた。二人は漠然とした、しかし確固たる将来への不安を抱えていた。

 そんなある日、少子化対策の一環で、子供の人数に応じて報奨金や手当に加えて税金も免除され、更に途方もない数を生むことが出来れば高額の生涯年金も保障されることになった。二人は洞穴に差し込む一条の光を見つけたように顔を見合わせた。
 早速子作りを始めようとしたものの、セックスレスの彼らにはそれは決して容易なことではなかった。長い年月に朽ちるように実体感の希薄になったお互いの体に今更性欲など起きる筈もなく、互いに裸を曝すことすら躊躇われた。
 そこで二人は苦慮の挙句、思い切って通勤圏ぎりぎりの山の中に引っ越すことにした。すると森の精霊でも宿ったかのように徐々に性欲も蘇り、やがて二人は出会った頃のように夜毎激しく求め合うようになった。
 それから十年以上かけて十六人もの子供を産み、四十代にして年金の支給が始まると働く必要もなくなった。
 経済的な不安もなくなり、生活も様変わりしてしまった夫婦は、それでもなお心に影を落としている、正体の知れぬ闇に気が付くことはなかった。彼らはただひたすら毎日子供の世話や農作業に明け暮れ、夜になると互いの体を飽きることなく貪り続けた。
 子供達は、今夜も離れから両親の咆哮が闇夜を切り裂いて響くのを聞きながら、そこに浮かんだ今にも落ちそうな巨大な暗く赤い月を見上げていた。

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