2007年09月12日 13時53分12秒

 倫子の家を出て駅までの道、ふとポケットを探るとオレンジ色のタグがぶら下がった鍵が出てきた。コインロッカーの鍵のようだ。
「もしもし、あら、どうしたの? え? 鍵? 知らないわよ。何で私がわざわざそんなもの黙ってあなたのポケットに忍ばせなきゃいけないのよ。意味わかんないでしょ。あなたが何か預けたまま忘れてるんじゃないの。ちょっと今手が離せないから、じゃあね――」
 家に帰って妻にも同じことを聞いてみる。倫子と同じ答えだった。それを思わず口に出しそうになって妻が少し変な顔をした。どうやら俺も含めて誰もこの鍵に覚えがないらしい。こうなれば開けてみるしかないだろう。
 翌日俺は仕事が終わってから、タグに書いてある駅まで電車を乗り継いた。三十分ほどかけてあちこちあるコインロッカーの中から目指す番号の扉の前にたどり着いた。一日分の超過料金を投入してから、鍵を差込みゆっくりと捻った。ガチャガチャとコインの落ちる音を聞きながら扉を開けると、中からあっけないほど広い空間が現われた。一見何もないように見えた庫内にはまたコインロッカーの鍵が一つポツンと置いてあった。
 結局その鍵を持ち帰り、また後日違う駅のコインロッカーを開ける。これを俺は六回繰り返した。倫子は
「ひょっとしたら奥さん、何か証拠を掴んでるんじゃない? そしてそれとなくあなたに仄めかしてるんじゃないかしら。それでそのうちあなたに決定的な証拠を突きつけて懲らしめてやろうとしてるのよ。きゃあ、どうしよ。私殺されちゃうかもしれないよ」
 などどあまり愉快でもない話をしてケラケラと笑った。
 妻にはあれ以来鍵の話はしていないし、妻も何も聞こうとはしなかった。今まで通りの将棋崩しのような生活が続いていた。際どいところを攻めないで無難な駒を拾ってさえいれば平穏無事なのだが、ついうっかりと切り崩してしまうこともあるし、倫子との関係のようにあるいはわざと危険な突端に挑むこともあった。もちろん崩れて欲しくなどはなかったが。
 しばらくして倫子と連絡が取れなくなった。電話は繋がらないし、家に行っても中にいる気配はなかった。何人かの倫子の友達にも連絡したがどこにもいない。
 俺はハッとして一番新しい九個目の鍵を持ってコインロッカーを開けに行った。そのロッカーは俺の最寄り駅の中にあった。フウッと大きく息を吐いてから扉を開けると、中から何かがザーッと音を立てながら流れ出てきて、途切れることなく俺の足元にキラキラと光りながら降り積もった。それは様々なペイントが施された大量のネイルだった。

コメント

_ おさか ― 2007年09月13日 13時59分17秒

こ、怖ー!!!
これは怖い。今までで最恐かも。
最後の数行の緊張感がたまりませんっ
で、ざーーーー

夢に見そう。

_ くれび ― 2007年09月13日 20時09分03秒

おさかさん
読んでくれてありがとうございます。
いい加減鍵だの箱だのここで書いてる場合じゃないんですけど、奥さんに出された課題を消化するために書きました。

_ きのめ ― 2007年09月14日 10時43分52秒

うあわ、すごい。
すみません、これからお題変えていいですか(嘘
やはり、箱は創作意欲がたかまるんでしょうか。

ちなみにうちのほうでは、積み将棋のこと、将棋崩しとか崩し将棋と言ってた。

_ くれび ― 2007年09月14日 14時50分27秒

言われてみて気がつきました。確かに僕も将棋崩しって言ってたような気がします。えーっと、あれ何ていったっけと考えていて思いついたのが積み将棋だったんですが、これは文字通り駒を積み上げていく遊びですね。間違えてました。将棋崩しに直しときまぁす。

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