世界の果て2008年02月04日 10時39分49秒

 一寸先も見えぬ白い吹雪の中から少年を背中に乗せた三角獣がゆっくりと歩を進めてきた。少年はその背中をポンポンとニ、三度叩いてからひらりと身を躍らせて地面に降り立つと、真ん中の角に引っ掛けた土産代わりの獲物を降ろし、みんなの目の前にドサッと転がした。
「どうじゃ、‘果て’は見つかったかの?」長老とおぼしき老人が少年に尋ねた。
 少年はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、行けども行けども果ては見えてきません。まるで影を踏むように、見えたかと思えばスッと逃げていってしまいます」
「そうか、結局のところそういうものかも知れんな。我々がどうあがいても決して辿り着けぬものなのかも知れん。かつてみた満月の夜の夢のようにな」
 少年達の前には激しい吹雪が白く巨大な壁となって立ちはだかり、彼らの望みをも飲み込もうとしていた。少年はその向こうに微かに透けて見える山並みの稜線を目でなぞったが、やがてその行方も途絶えてしまった。


 じりじりと文字通り肌を焦がすように照りつける日差しの下、少女は水を求めて何日もこの黄色い砂漠を今にも干上がりそうな体を引きずりながら彷徨っていた。見渡す限りオアシスどころか草一本生えていない砂地がまるで地平線から零れ落ちるように拡がっていた。
 少女は自分がもう戻ることができないところまで来てしまったのかもしれないと思った。家で水を待つ家族の顔ももう二度と見ることもないのかもしれない。そう考えると足はより深く砂にめり込み、まったく歩けなくなった。
 夜が来ると一気に冷気のベールが砂漠を覆い、少女は歯をカタカタ鳴らしながら砂の中に潜り込むようにして眠った。少女は朦朧とする意識の中で地の果てを、この世界の果てを夢見た。少女の真っ直ぐ頭上には、大きな満月が青く光りながら砂漠を染め上げていた。


 少女は砂漠を越えた遥か彼方にどこまでも垂直にそびえる白い壁を見ていた。少女はその前に立ち、目の前の壁を手で少しこすってみた。すると氷のように冷たく歪んだ小さなガラス窓が現れ、その冷たさに少女は思わず手を引っ込めた。
 そっと覗いてみるとそこには少女が生まれてこのかた見たこともない、白く荒れ狂う吹雪に包まれた極寒の世界が拡がっていた。そしてその中からぼんやりと一人の少年の影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 少年はガラスの前に立つと少女を不思議そうにひとしきり眺めてから、ガラスにそっと手を触れた。少女ももう一度その手をガラスにあてがった。少年の手とピタリと重なると、何ともいえぬ心地よさが少女の手から全身に拡がった。
 少年と少女はいつまでもガラス越しにお互いの手を合わせ、見通すことのできない高い壁の頂点を見上げていた。