郷愁・住居篇2006年06月01日 16時02分00秒

 都会でのマンション暮らしを長く続けていると、ときどき田舎の古い一軒家に想いをはせることがある。
 それはもちろん実家のある私の田舎でのことなのだが、思い出すのは決して私の実家だけではなく、例えばさらに山あいにある祖父母の旧家だったり、小学生の頃仲の良かった友達の家であったりとさまざまである。そしてそれらに共通して私がイメージするのは、家の中の薄暗くひんやりとした感じや、あらゆる生活臭が混然となって家全体に染み付いたその匂いといったようなものなのだ。そこではまるで玄関や雨戸の隙間から漏れ出しているかのように時が平坦にゆっくりと過ぎていき、畳やコタツ布団に染み込んだ生活の粒子はそっと私を包み込み癒してくれている。
 実を言うと若い頃は、そういったじっとしていると絡めとられて身動きができなくなってしまいそうな時間や空間の佇まいを忌み嫌い、友達の家に遊びに行ってもその家の匂いに気分が悪くなったりしたものだが、田舎を離れて何十年も経った今、振り返ると単なる懐かしさだけではない、胸をかきむしりたくなるような思いにかられることがある。歳をとったといえばそれで片付けられることなのかもしれないが、確かに折り返しというか坂を下り始めてから見えてくる景色というのもあるのだろう。
 私が幼稚園に入るまで暮らしていた祖父母の家は、二人とも他界してしまった現在では荒れ放題で朽ち果てるままになっているのだろうが、私の心の中ではその家はいつまでも立派な茅葺きの屋根をのせ、小高い丘から誇らしげに眼下を見下ろしている。玄関から土間を軽やかに縫って爽やかな風が吹き抜けるのを感じ、つややかな柱ややわらかい畳に包まれて祖父母や両親、兄弟たちがそろって湯気の立つ囲炉裏を囲みながら笑い声をあげている様子もありありと浮かんでくるのだ。

http://bunshoujuku.asablo.jp/blog/2005/12/12/174433

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