冷たい壁に横たわる2009年04月02日 14時38分46秒

そうさ、俺だってこんな死に方したかったわけじゃない。そりゃそうだろ。どうせ死ぬならやっぱり柔らかいベッドの上で俺を愛する家族に見守られながら、俺の一生に転がっていた全てのきれいなものをかき集めて胸に抱き、痛みもなく安らかに死んでいきたいじゃないか。そりゃそんな贅沢言ってられない立場だってのはわかるよ。でもそりゃあくまで’ある種’の価値観の上でのことだろ。もちろん俺はそんなもの認めちゃいないし、俺に言わせりゃ理不尽極まりないってもんさ。ただ俺はあの娘と楽しいことをしたかっただけじゃないか。なのに残忍極まりない鬼畜の所業とか言われてさ。あの子だって結構楽しんでたと思うんだけどな。まあ確かに幼すぎたから俺を受け入れるような余裕はなかったかもな。すぐに動かなくなっちゃったし。それを根掘り葉掘り嗅ぎ回ってさ、俺を引きずり出さなくてもいいじゃない。挙げ句裁判なんて面倒くさいものに引っ張り出されて、娘の遺族とか鬱陶しい奴らに会わせてさ。もう死にたいよ、って、死んでるか、はは。
え、自業自得だって? はは、お前さん、そりゃずいぶんと偏ったものの言いようだね。俺だけが悪いのか? 俺は被害者じゃないのか? お前さんはどうなんだい? そんなことは朧気な明日にすがって生きていくしかないやつの戯言だね。俺を見な。俺はここで確かな時間を刻んでいた。もちろん限られちゃいるがな。そしてだんだんと空気の密度が高くなっていくんだ。頭を何かに押さえつけられているみたいに息苦しくなってくるのさ。いよいよ残りわずかになってきたらしいある日のことだ。見慣れない看守が俺を小窓から呼び寄せた。こいつがいかれてやがった(ひょっとしてあの娘の親族か?)。いきなり拳銃を抜くと俺の胸に全弾を打ち込みやがった。俺は奥の壁まで吹っ飛ばされて壁に張り付いたまま立っていた。体が焼けるように熱いのに、壁は恐ろしく冷たいんだ。そしてぐるりと部屋が回転し、俺は冷たい壁に横たわる。看守の足音が次第に小さくなっていき、天井がだんだん低くなってきた。俺は待ってくれ、と呟いたが声にはならなかった。

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