世界の終わり ― 2006年06月01日 16時27分40秒
そこではもう何年も雪が降り続き、あらゆるものをゆっくりと飲み込んでいった。生き物はあらかたが死に絶えてしまい、かつての巨大なエメラルドを沈めたような湖は今では所在さえ失われ、威容を誇った山々もわずかに鋭い頂あたりを消え入りそうな稜線でなぞるだけだった。灰色の粉塵で埋め尽くされた空からは、ナイフのかけらのような雪が途切れることなく降り注いでいた。
山のふもとでかすかに動く影があった。白い毛に覆われたウサギともリスともつかぬ小さな動物で、ぎょろりとした丸く大きな目と発達した前肢には鋭い爪を持っていた。しばらくきょろきょろと辺りを伺っていたが、やがて決心したように駆け出そうとして身構えた。
その時、ヒュッと乾いた音がして一本の矢が動物の脇腹から頭にかけて一瞬にして貫いた。声を上げることもなくもんどりうって倒れた体からは艶やかな氷の矢じりがのぞき、白く柔らかな地面には赤い命が染み出していった。
矢の飛んできた先からやはり牛とも馬ともつかぬ毛の長い動物が、頭に生えた大きな三本の角を揺らしながらゆっくり姿を現すと、背中には左手に弓を持った少年を乗せていた。少年の髪は雪で染め上げたように真っ白で、瞳は凍えた血のように深く赤い色だった。少年は獲物の足を掴み上げるとぞんざいに三本の角に引っ掛けた。
風が少し強くなってきて、雪も気ぜわしく彼らの周りを取り囲み始めた。少年は物憂げに目を細めながら斜めに空を見上げた。
徐々に力を失っている光のせいで降る雪はますます輝きを増していて、空と陸とが溶け合うのを加速させていた。地平のはるか向こうにはわずかに残った海が暗く深い翳りを湛えながら、白い闇に覆い尽くされるのを静かに待っていた。
そこではもう何年も雪が降り続き、あらゆるものをゆっくりと飲み込んでいった――。
http://bunshoujuku.asablo.jp/blog/2006/01/30/231501
山のふもとでかすかに動く影があった。白い毛に覆われたウサギともリスともつかぬ小さな動物で、ぎょろりとした丸く大きな目と発達した前肢には鋭い爪を持っていた。しばらくきょろきょろと辺りを伺っていたが、やがて決心したように駆け出そうとして身構えた。
その時、ヒュッと乾いた音がして一本の矢が動物の脇腹から頭にかけて一瞬にして貫いた。声を上げることもなくもんどりうって倒れた体からは艶やかな氷の矢じりがのぞき、白く柔らかな地面には赤い命が染み出していった。
矢の飛んできた先からやはり牛とも馬ともつかぬ毛の長い動物が、頭に生えた大きな三本の角を揺らしながらゆっくり姿を現すと、背中には左手に弓を持った少年を乗せていた。少年の髪は雪で染め上げたように真っ白で、瞳は凍えた血のように深く赤い色だった。少年は獲物の足を掴み上げるとぞんざいに三本の角に引っ掛けた。
風が少し強くなってきて、雪も気ぜわしく彼らの周りを取り囲み始めた。少年は物憂げに目を細めながら斜めに空を見上げた。
徐々に力を失っている光のせいで降る雪はますます輝きを増していて、空と陸とが溶け合うのを加速させていた。地平のはるか向こうにはわずかに残った海が暗く深い翳りを湛えながら、白い闇に覆い尽くされるのを静かに待っていた。
そこではもう何年も雪が降り続き、あらゆるものをゆっくりと飲み込んでいった――。
http://bunshoujuku.asablo.jp/blog/2006/01/30/231501
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。