音のないもの2006年06月01日 16時36分55秒

 私は音のない世界に住んでいます。ここでは不思議なことに音だけではなく、光も風もあらゆるものが生気なく霞んで見えます。
 私は花を見るのが好きです。花は私に優しく語りかけますが、私の返事を求めることはありません。
 私は自慰に溺れます。悦楽の海に私は漕ぎ出し、冷ややかで完全な自由に漂います。
 私は夢を見ます。夢の中ではいつも金色に輝く川のほとりで、ピンク色の河馬と仲良く話をします。普段私は話すことは出来ませんが、ここではぺらぺらとお喋りをします。
 私にはトム君という友達がいます。トム君は字を読んだり書いたりすることが出来ません。喋ることは出来ますが、何でもかんでも太陽に喩えてしまいます。

 ある日トム君と遊んでいると、犬を夢中で追いかけていたトム君にトラックが突っ込んできました。私はとっさにトム君を突き飛ばすと、そのままトラックにはじき飛ばされてしまいました。
 地面に落ちた時、私の頭の中を音にならない衝撃が駆け抜け、全ての光が私の瞳の中に飛び込んできたかと思うと、やがてのっぺりとした闇が訪れました。

 気がつくと私は、ピンク色の河馬と一緒に金色に光る川のほとりに佇んでいました。
 ここでは誰も私を変な目で見たりしません。私は大地の声を聞き、花と喋ることも出来ます。眩い光があたりを飛び交い、命薫る緑の風が渡り、私は生きている実感に包まれるのです。
 私はしばらくしてトム君に会いに行きました。トム君は私が帰ってきたことや私が喋れることに目を丸くして驚いていましたが、「太陽だ!」と言ってとても喜んでくれました。
 ずっと一緒にいたい、とベソをかくトム君の手を私はそっと取ると、ゆっくりと引き寄せました。

 今、私はここで毎日トム君と笑いながら暮らしています。ピンク色の河馬はそんな二人を優しく見守ってくれています。頭上には金色に輝く太陽が浮かび、きらきらとした光が絶え間なく地表に降り注いでいるのです。

http://mayu-kids.asablo.jp/blog/2006/05/16/367484

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック